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民謡尾鷲節とは

[2015年10月1日]

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民謡尾鷲節とは

「尾鷲節」は大変古くから歌い継がれています。
言い伝えによると、1615年の「大阪夏の陣」の戦いで豊臣側について敗れた真田一族が、涙ながらにこの紀州路「尾鷲」に落ちのび、その悲しい思いを「なしょままならぬ、なしょままならぬ、なしょになる身をもたせてや」と歌ったのが、「尾鷲節」のはじまりと言われています。
真田一族が最初に歌った唄は、「なしょまま節」と言われていましたが、1925年に大阪でレコーディングを行い、その時はじめて「尾鷲節」という名前で紹介されました。その後は有名な吉川英治や野口雨情らの作詞により、歌詞も増えていきました。
また、初代坂東伊三栄師匠が振付を行い、現在の尾鷲節が作り上げられました。
1954年には全国民謡大会で第3位を獲得し、以来、三重県の代表民謡として歌い継がれています。

現在の尾鷲節

大正時代には、尾鷲の芸者さんが振付をして踊っていたようですが、1941年の大東亜戦争を契機に踊る機会を失っていたようです。
現在の振付は、1949年に尾鷲観光協会の要請で初代坂東伊三栄師匠により振付けられ、現在に伝わっています。

生活と尾鷲節

尾鷲節と尾鷲市民との関係は深く、画像のような尾鷲節歌碑が街中にいくつか点在しています。歌碑にはそれぞれ違った歌詞が書かれており、それを巡る街歩きを行うこともできます。
また、正午を告げるチャイムには尾鷲節が使われており、毎日尾鷲市内で聞くことができます。

尾鷲節コンクール

昭和60年からは、県内外からの来報、さらに尾鷲節のPRと地域の活性化を目的として全国尾鷲節コンクールが始まりました。
現在は、毎年11月第2週の日曜日に、コンクールが開催され、全国から尾鷲節の愛好家たちが集まり、日頃の練習の成果を発揮します。
また、尾鷲節コンクールならではのステージイベントも開催されます。

尾鷲節保存会

尾鷲節保存会は、尾鷲節の保存と普及を図り郷土芸能の発展に寄与することを目的として1954年10月に設立されました。
以来、毎年「おわせ港まつり」や「尾鷲節コンクール」等の地域イベントや、市外イベントで、尾鷲節太鼓を披露しています。
また、毎月第1週を除く、月曜日午後7時より市教育委員会1階トレーニング室で小・中学生を中心に、尾鷲節の太鼓教室を開催しています。

※画像クリックで尾鷲市HP「尾鷲節保存会こども太鼓教室の新規受講生募集!」へ移動します。

尾鷲節と文化財

「尾鷲節笛」は尾鷲市の無形文化財(芸能)に指定されており、その伝統を受け継ぎ続けています。

※画像クリックで尾鷲市HP「尾鷲節笛」へ移動します。

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