九鬼家異国船絵図【くきけいこくせんえず】
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九鬼家異国船絵図
紀州藩は、海防政策の一環として、不審船や異国船を監視することを目的とした「遠見番所」(とおみばんしょ)を領内の主要な岬に設置し、そこに詰める役人として地元に居住する地士(じし。藩が、特別に名字帯刀や藩主へのお目見えを許した人々のこと)を「遠見番」(船見番ともいう)に任命した。遠見番は、不審船や異国船を発見すると、すぐに藩へ報告した。異国船出現の報告をする際、船の国籍も報告する必要があったため、藩は参考資料として、遠見番所へ各国の船を描いた絵図を配布した。本史料は、かつて本市九鬼町に存在した九木崎遠見番所へ配布された絵図であり、冊子1冊(「異国船之図」)と一紙物4枚(「ロシア船幟絵図」、「ロシア船絵図」、「護送船旗之図」、「南京船之図」)の計5点(1冊4枚)からなる。
冊子「異国船之図」は、琉球船、唐船、オランダ船、ロシア船の絵図計4枚を厚紙へ貼り付け、折帖(おりじょう)に仕立てたものである。ロシア船の絵図に記載された年号から、成立は文政9(1826)年9月と推定される。この頃に、木本(熊野市)の代官所から九木崎・楯ヶ崎(熊野市)の両遠見番所へ「異国船絵図壱冊」を与える旨の記録も残されており、その「絵図壱冊」が本史料であると考えられる。
一紙物「ロシア船幟絵図」は、ロシア船に掲げられる幟(のぼり)6種を描いたものである。ただし、6つ目の幟には絵柄が描かれておらず、白地のままである。この幟絵図と「ロシア船絵図」は、年代が書かれていないものの、文化5(1808)年3月と6月に、藩から「魯西亜船幟絵図」と「魯西亜船絵図」が与えられたとする古文書が残っているから文化5年の成立と推定される。「護送船旗之図」は記載された年代から文政10(1827)年の成立と考えられる。これは、成立年の前年にあたる文政9(1826)年正月に、遠州(静岡県)下吉田へ漂着した清国の対日貿易船「得泰号」を、熊野灘・瀬戸内海を経て長崎まで送る際に同行した護送船が掲げた旗などを描いたものである。「南京船之図」のみ関連記録も見いだせておらず、成立年も不詳である。
これらの絵図は、海防の第一線として、日夜警備にあたった遠見番所の貴重な海事史料である。





上段:左から「異国船之図」、「ロシア船幟絵図」、「ロシア船絵図」
下段:左から「護送船旗之図」、「南京船之図」
指定区分 | 市指定 |
|---|---|
指定種別 | 有形文化財(絵画) |
指定登録日 | 昭和51(1976)年9月18日 |
所在地 | 尾鷲市中央町 |
所有者 | 個人所有 |
一口メモ | 遠見番所史料 |

