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光林寺縁起書【こうりんじえんぎしょ】

[2015年8月10日]

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光林寺縁起書

 光林寺は、市内牛の谷に慶長元(1596)年汲山和尚が創建し、同9(1604)年汲月和尚が中興したと伝えられる。正徳4(1714)年、寺号の光林が紀州3代藩主綱教の院号と同じで差支えるため、護国山金剛寺と改められた。
 尾鷲地方が志摩国から紀州国に編入されたのは、「紀伊国昔時国堺弁」によると、天正10(1582)年であり、また慶長6(1601)年の検地にも、紀伊室(牟婁)郡と公式に記録されている。
 縁起書の慶長9年には、すでに紀伊牟婁郡になっていたが、汲月和尚が新たに写し置くとあるので、昔、光林寺本尊薬師如来を、島勝浦の円通山安楽寺の11面観音菩薩と取り替えたと伝えられるが、そのとき入手した11面観音の縁起書を光林寺の縁起書として、書き替えたものであろう。
 この本尊取り替えの時期および縁起書の書き替えの時期が、慶長9年と思われるが、新宮檜杖村の寿天が、もとの縁起書を書いたのは紀州領になる前で、天正10(1582)年以前のことと思われる。市内では一番古い文書である。

 

光林寺縁起書

 

光林寺縁起書の概要

指定区分

市指定

指定種別

有形文化財(書跡)

指定登録日

昭和30(1955)年9月10

所在地

尾鷲市北浦町11-8

所有者

金剛寺

一口メモ

志摩州英呉郡尾鷲荘の記録

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