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名柄一里塚【ながらいちりづか】

[2017年2月2日]

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名柄一里塚

 慶長9年(1604)徳川家康は東海・東山道等を修理するにあたって、織田信長の例にならい、36町を一里として一里塚を築かせた。塚の上には榎(えのき)を植えて里程表としたので、里程も明らかになり、人馬賃銭等の定めも確立し、諸人の交通やその取り締まりにも便利になった。
 熊野街道に一里塚のできたのは、尾鷲組の大庄屋記録の享保元年順見使文書に「五年以前(正徳二)辰年、斉藤茂太夫・永田治八が、順見使のため一理塚をきめた。」と記されているので、当地方の一里塚は、正徳2年(1712)に制定され、築造されたものであろう。
 一里塚が築造された当時は、道の両側に一対の塚を作った。尾鷲組大庄屋記録に、元文二年(1737)藩史が奥熊野一里塚の松の育成ぶりを調査したことが記されていて、奥熊野では榎の代わりに松を植えたのであるが、尾鷲市に残る名柄・八鬼山桜茶屋の一里塚は、塚の片方に松、片方に山桜を植えた。
 現在、山桜は枯死しているが、円型塚が残っている。

 

名柄一里塚

 

名柄一里塚の概要

指定区分

市指定

指定種別

史跡名勝記念物(史跡)

指定登録日

昭和38(1963)年9月6日 

所在地

尾鷲市名柄町

所有者

山協組合

一口メモ

両側の塚に松・桜植える

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